2017年5月22日月曜日

Inspection Readiness:情報の透明性強化と連動した査察対策

監査担当者としての私の目標は、被験者の安全や権利を守りながら、
信頼性の高いデータが得られる方法で治験が実施されることです

Jessica Masarek
Quality Assurance Consultant | Independent Auditor
Director, Muse Clinical


監査や査察は謎に包まれている部分が多く、何が起こるかを正確に把握できず、不安に思われる方も多いのではないでしょうか。間違ったことを言ったらどうなるだろう?回答できない場合は? 要求される資料が提供できなかったら?これらは確かに起こり得ることですが、完璧を求める監査担当者や査察官などいません。監査担当者が求めているのは透明性です。被験者の安全や権利が確保され、信頼性の高いデータが得られる方法で治験が実施されることが、監査担当者としての私の目標です。治験依頼者は、継続的に治験施設との連携を図ることを求めており、不備が見つかった場合には問題を特定し、改善に取り組みます。査察官も、治験実施に関する査察で目指すものは同じです。では、規制当局が求める品質で治験が実施されること、及び査察への即応性が高いということはどのように確認できるのでしょうか。

まず、Inspection Readinessの意味について理解していきましょう。Inspection Readinessを簡潔に説明すると、査察への準備ができている状態であり、包括的に治験の実施状況が明確で正確に記録化されている状態で、外部の監査担当者や査察官にも確認できる状態を意味します。ここで重要なことは、Inspection Readinessは継続的かつリアルタイムである点で、それは、いつでも査察に対応できる品質レベルで運用されているという点です。査察の準備というのは、にわか仕込みでは通用しません。

これらを踏まえ、査察官として我々が持つ知識をどのように活用できるのか、つまり、査察における着眼点や評価方法について公共性の高い情報をどのように適用できるかについて、お話しさせていただきます。治験の運用や記録作成の手順を決める際、こうした情報をどのように利用すれば、より良い判断を下せるのでしょうか。治験施設及び治験依頼者双方のスタッフにトレーニングを実施することによって、治験の運用や記録の作成に関する認識や理解がわずかながらも深まるとすれば、それは多大なる変化をもたらしてくれることでしょう。治験モニターや治験依頼者のスタッフであれば、こうした情報を利用して、重大なリスクを伴う分野を特定したり、治験を実施するうえで、どの側面での記録作成に不備や問題が起こりやすいか等を理解するのに役立てることができます。また、治験医師の場合には、こうした情報を治験業務手順に盛り込むことにより、最も重要視される領域に専念できるようになります。




各国の査察関連資料には、査察官がどういった要素を最も重要と考えているかが記述されています。米国のBioresearch Monitoring (BIMO)ガイダンスには、査察の開始から終了までの運用手順が詳述されています。これは査察官向けのガイダンスですが、一般にも公開されているため、利用することができます。別の国の査察関連資料には、治験施設向けのものもあります。BIMOが最も詳細な情報がまとめられているガイダンスとなりますが、EUでは加盟国に対する一般的条項が盛り込まれた中核的なガイダンスがあります。カナダ保健省からは、詳細情報が記載された事前査察パッケージも提供されています。これらのガイダンスは、いずれもすべて同じ原則に則って作成されているため、国や地域を問わず、貴重な情報となるでしょう。
                                       
まずは、規制当局から提供されている査察に関する資料を熟知することが一番です。他国のものでも構いません。ご自身のスタディの中からひとつ選択し、着眼点や質問など1つ1つに対し、どのように回答するかを考えてみます。記録の内容で回答を裏付けできているか、文書化されずにスタッフの記憶にのみ残されているような情報はないか、監査する第三者は、作成した資料から経緯を理解でき、関連する質問すべてに回答することができるか、記録はALCOAの原則に準拠しているか。1つの治験に対してでも構いませんので、模擬監査のように質問を実践してみると、プロセス、文書化、トレーニング間のギャップの存在が明るみに出てくる傾向があり、ご自身の施設の別の治験に対しても対応可能となります。


治験責任医師の管理活動

査察で注目される要素のひとつである治験責任医師の管理活動を抜粋し、詳しく見て行きましょう。監査担当者として、私がどの治験施設でも共通する課題だと認識している内容です。治験責任医師(PI)が治験に適切に関与し、管理しているということをどのように立証しますか?治験の多様性を考えれば、関与のレベルも様々だと思いますが、管理活動を記録する方法は数多くあります。

鍵となるのは透明性です。治験責任医師の管理活動は、治験の様々な側面に織り込まれるべきであり、第三者である監査担当者が確認できるものでなければなりません。例えば、スタディタスクの委任について、どのように行われたか、適格性を有する要員に委任されたのかどうか、治験に関する情報(治験の実施状況、安全性情報の更新、被験者ケア、治験実施計画書からの逸脱、傾向など)が治験責任医師に提供されているかといった質問に対する回答が記録に示されてなければなりません。また、治験実施における重要な判断を下す局面に治験責任医師が関与していることが記録に明示されていなければなりません。

わかりやすく、治験実施における管理活動が不十分であった事例及びその対応オプションをご紹介します。


事例:管理活動の文書化
原資料に、適切な治験医師の管理活動を示す記録がなかった例です。被験者との定期的なコミュニケーションを記録した経過記録がなく、有害事象に関する記録(AEログ)に保存されている有害事象データのレビュー及び署名は、治験実施施設が事象を認識してから数か月後に行なわれていた他、潜在的問題について治験医師と検討した記録が原資料にありませんでした。また、治験の実施状況や被験者について、治験コーディネータや治験分担医師の間で意見交換が行われた記録がありませんでした。また、同意文書に治験医師の署名欄はなく、治験参加同意のプロセスで治験責任医師が待機あるいは同席していたか明確ではありませんでした。

面談の中で、監督活動の文書化が主な問題であることが分かりました。被験者ケアや有害事象、安全性情報の更新については、度々、電話での意見交換が行われていました。施設スタッフとの間で、治験の実施状況を報告する定期会議が開催され、重要なケースや困難な症例を話し合う場が設けられていました。治験責任医師は、治験参加への説明同意プロセスには必ず同席または待機しており、被験者の次回来院時、身体所見を診る前に被験者記録の見直しを行っていました。しかしながら、これらのいずれも記録を残していなかったのです。

この事例に対する取組として、治験実施施設では、治験責任医師が詳細な経過記録を残し、そこに治験参加への説明同意プロセスに関わる情報も必要であったと思われます。有害事象に関する記録(AE log)を用いる場合には、レビューや署名が適時に実施されていることを示し、原資料には治験責任医師や治験コーディネータ間における診療、治験への対応に関する口頭でのやり取りや治験責任医師が気づいたことなどを記録しなければなりませんでした。定期的なスタッフミーティングでは議事録を作成します。
治験責任医師の監督活動を記録する方法は多くあります。以下のリストはそのごく一部です。すべての治験責任医師が必ずしも医師というわけではないため、治験のタイプや治験責任医師の適格性に合わせて調整が必要となる点にご注意ください。

  • 治験実施計画書からの逸脱、治験責任医師による認識/レビュー、IRBへの報告に関する判断について記録する。
  • 被験者とのコミュニケーション、潜在的な医学的問題へのフォローアップ、診療全般を示した経過記録を残す。
  • 覚書を利用して他で適切に文書化されていない問題を文書で保管する。是正措置及び予防措置全般に関する記録を含み、問題の理解、治験施設及び治験責任医師の責務、再発防止のために適切な取り組みが行われていることを明示する。
  • 治験や安全性に関する重要な情報を治験施設スタッフと共有化していることを示す会議議事録を作成する。
  • 判断に関する記録では、重要な決定や、治験実施手順に関する情報を治験施設スタッフへ伝達していることを明示する。
  • 臨床検査値やカルテに傾向や異常値が認められた場合、適時にレビューを行い署名する。
  • 治験責任医師を含み、治験施設スタッフ向けに、方針、手順、特別な問題/CAPA、治験実施手順書に関するトレーニングを実施する。
  • 治験責任医師の責任移譲は正確且つ適切に文書化する。必要に応じて、業務の遂行時のスタッフ立合いの記録を含めること。法令に定められた医療関係者の適格性や関連資料を認識していることを記録する。
  • モニタリングレポートには、治験責任医師がモニタリング担当者と定期的に会議を開催していることを記録する。
  • 治験実施計画書で認められる治験医師または外来医師の判断により治療がおこなわれた場合、必要があれば治験依頼者の承諾も併せ、発生時にすべて記録する。
  • 治験医師は、有害事象の所見について因果関係及び重症度を原資料に適時に記録する。

査察対応準備は一朝一夕にはいきませんが、考え方と取り組み方法をいくつか変更するだけで達成可能になります。まずは、意識することです。次に、現状を評価するために利用できるリソースを使って、小さくても意味のある変革を実現していきましょう。


著者のご紹介
Jessica Masarek
Muse Clinical社 ディレクター。小規模コンサルティンググループであるMuse社で、治験依頼者、治験医師、CROと共に品質保証に関連する支援を行っている。
産業界において管理者としての様々な経験を有する。専門は、外部監査、リスク低減戦略、治験ファイル一元管理システム及びプロセスの開発を中心とした品質保証分野全般にわたる。
コンプライアンス実践への取り組みに対し共同アプローチを提唱し、バランスのとれた積極的なソリューションを提供しInspection Readinessの向上を図る。

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